パートナーとして生きるふたりの夫婦観を、3つのルールをもとに深堀りする連載「ふたりのこと」。
今回登場するのは、フードコーディネーターの舛田悠紀子さんと、フォトグラファーの中嶋史治さん。
NEXTWEEKENDの人気コラム「お母さんのお弁当手帖」で、愛情たっぷりのお弁当レシピを紹介している悠紀子さんと、料理の行程から完成までをみずみずしく切り撮る史治さんは、実はご夫婦なのです。
おいしいのはもちろん、目にも鮮やかで食べる人が元気になるようなレシピを提案する悠紀子さんと、その意図を汲み取りつつ、わかりやすく写真で見せる史治さん。お弁当に込められた思いまで伝わってくるようなやさしいコラムを生み出すおふたりが、家族になるまでのストーリーや、大切にしていることをお聞きしました。
数十年ぶりの再会、そして家族になるという決断
▲もともと悠紀子さんが飼っていたマルプーのテラ(左・愛称センパイ)と、史治さんが一緒に住むようになって迎えたビションフリーゼのアルル(右・愛称コーハイ)。2匹のワンコもふたりの大切な家族。
悠紀子さんと史治さんの出会いは、なんと高校時代までさかのぼります。
実は、同じ高校の同級生だったふたり。ただ、当時はクラスが違っていたこともあり、それほど接点はなかったそう。
史治:
「僕が悠紀子さんに話しかけたら、すごくにらまれたような記憶がある」
悠紀子:
「そんなことあった? 覚えてないなあ」
それから20年以上の時が流れ、ふたりは同じく高校の同級生だったミュージシャンのライブに行き、再会を果たします。
悠紀子:
「そのときは同窓会のような感じだったんですけど、共通の友人が私たちは趣味も合うだろうからって、その後も会う機会をセッティングしてくれたんです」
悠紀子さんと史治さんはともに、食べることが大好き。さらにかつて広告業界で働いていた悠紀子さんは、史治さんと仕事の話でも通じ合えることが多く、やがておつきあいに発展。そして7年前の2015年に大きな転機が訪れます。史治さんが住んでいた家を売り払って、悠紀子さんのもとに引っ越してきたのです。
悠紀子さんは最初に結婚した旦那さんと早くに死別。亡くなられた旦那さんとの間にふたりのお子さんがいました。上の息子さんは大学進学で家を出て、当時は娘さんとふたり暮らし。史治さんがそこに加わり、事実婚というかたちであらたに家族の歴史が始まりました。
悠紀子:
「あの引っ越しは、中嶋さんが強引だったね」
史治:
「娘はその頃、中学2年生。僕が中途半端に出入りするよりは、きちんと一緒に住んだほうがいい、と考えたんです」
悠紀子:
「どんなことでもそうですが、中嶋さんはまあ……行動力がすごくて、こうと決めたらすぐ実行するんです。でもいきなり彼が引っ越してきて、私は圧倒されたし、娘もドン引きでしたね」
史治:
「やっぱり同居となると、すぐにはうまくいきませんでしたね。多感な時期だったこともあり、娘の中ではいろいろな葛藤があったのだと思います」
「子どもを怒らない」と決めた日
▲史治さんが引っ越してきた当時は中学生だった娘さんも、今では大学生。遠方への進学を機に家を出ましたが、帰省の折には家族でごはんを囲む時間を楽しんでいるそう。
娘さんの反抗期も重なり、胃が痛い日々が続いたと語る悠紀子さん。そのぎこちない空気を変えようと決意したのが、娘さんへの接し方でした。
史治:
「ある日、悠紀子さんがはっきり宣言したんです。『もう娘を怒るのはやめた』って。僕は本当にやめるとは思ってなかったんですけど、その時以来、彼女は一言も怒る言葉を発していないですね」
悠紀子:
「勉強しなさい!なんて怒っても、そのとおりにならないどころかすごい反発が返ってきて。もちろん娘がよくないことをしたなら注意しますけど、頭ごなしに怒らず、まず理由を聞くようにしました」
史治:
「あと、何か注意するにしても、僕たちふたりで言わないというのも決めていました。例えば娘の帰りが遅くなったときに僕が電話しようとしたら、私が言うからあなたからはしないでって」
悠紀子:
「でも結局、娘は問題になるようなことはまったくしなかったですね。隠し事もなくてオープンだし、私たちの高校時代なんかより、よっぽどちゃんとしてる」
史治:
「僕たちの頃は隠し事し放題だったね(笑)」
悠紀子:
「親には絶対言えないことがある(笑)」
そうやってふたりが娘さんと対等なコミュニケーションをとろうと決めたことで、家庭内の雰囲気が劇的に変わったそう。史治さんも徐々に娘さんとの信頼関係を築いていきました。
史治:
「娘は高校時代に軽音楽部で活動していたんですが、それを本気で応援していたから、一緒にミュージックビデオを作ったりしましたね」
悠紀子:
「中嶋さんは一緒に住むようになってすごく変わったと思います。昔はひとりで勝手気ままに生きてきたのが、子どもの立場になって考えてくれるようになって。そういう姿を見て、娘も受け入れてくれたのかな、と思います」
史治:
「そのときは変わろうとしていたのかもしれないけど、今は全然『無理して家族になっている』という感じはないですね。これは娘とも話していたんですが、家族で笑ってごはんを食べることが、本当に幸せなんですよね」
悠紀子:
「彼は人として丸くなって、よい大人になったな、と思います。そのほうが楽しいってわかったんじゃないかな」
絶対的な信頼と尊敬から生まれる、ふたりの共同作品
▲料理コラムや動画は、基本的に自宅で撮影。「ふたりで仕事するとスケジュールをすぐに決められるし、お互いに思っていることをたくさんすり合わせできる。メリットしかないです」と悠紀子さん。
ゆるやかに軌道にのってきた、家族としての暮らし。悠紀子さんと史治さんは、仕事でもタッグを組むようになります。
史治:
「ふたりで仕事をしようとは、まったく考えていなかったんです。ただ、彼女が作ってくれる料理が本当においしくて。何か仕事にしてみない?と誘ったら、最初ははっきり断られました(笑)」
悠紀子:
「当時から料理教室の講師を務めていたんですが、料理のやりかたを伝えて、生徒さんにおいしく食べてもらいたい、っていうのが第一で。自分で何かを発信するなんて、まったく考えていませんでしたね」
史治:
「でも、彼女はせっかく料理の才能があるのだから、もっと何かできるといいなと思って、営業をかけはじめたんです」
そんな折、悠紀子さんが娘さんに作っていたお弁当を記録したInstagramが、NEXTWEEKENDスタッフの目に留まり、「お母さんのお弁当手帖」のコラムがスタート。さらにYahoo! JAPAN クリエイターズプログラムでも動画を配信することに。最初は少し手伝っていただけの史治さんも、本格的に撮影を担当するようになります。
史治:
「僕はもともと人物の撮影が多かったんですが、この仕事をきっかけに料理と向き合うことになって……」
悠紀子:
「初めは何をするのでも1日がかりだったね」
史治:
「最初は意見もぶつかったし、どうやったら写真や動画で料理の行程をうまく伝えられるのか、試行錯誤しながらっていう感じでしたね」
写真の仕事について、表現や撮影方法などを常に勉強して、新しいチャレンジをしたいと語る中嶋さん。そんな日々の努力を見ている悠紀子さんは「結局、中嶋さんが正しいな、と思うようになりました」と語ります。
悠紀子:
「今は彼の判断を100%信頼して、意見にも従うようにしています」
史治:
「そうは言っても僕は撮影するだけ。一番大変なのは、献立なり、レシピなりを考える彼女のほうなんですよね。毎回がんばっている彼女を尊敬しています」
昨日のケンカは昨日のうちに忘れる
▲何をどう撮るのか、どれを一番見せたいのか。撮りながらさまざまな判断をする史治さん。悠紀子さんは「中嶋さんはカメラを通じて客観的に見ているんだな、と感じます」と言います。
こうして公私ともに活動するようになった悠紀子さんと史治さん。ケンカをしても、翌日まで持ち越さないというのが暗黙のルールになったそう。
悠紀子:
「お互いどんどん意固地になるので、仕事にも影響してきてしまうんですよね。だからケンカしても翌日は白紙に戻して、何事もなかったように『今日、何時に出るんだっけ?』なんて話しかけたりしています」
史治:
「ルールって決めていたわけではないけど、本当にそうだね。でも、だいたいケンカをしかけてくるのは悠紀子さんだから」
悠紀子:
「夜飲んでしゃべっていると、何かもやもやしていることを思い出しちゃう(笑)。でもこの人は別室に行ってしまって、それ以上ケンカを広げないことが多いですね。こっちはまだ言い足りないのに」
史治:
「たまに別室まで追っかけてくることがあるよね。『待て〜』って(笑)」
▲この日は「海老マヨ弁当」の撮影。悠紀子さんはレシピを考えるにあたって、まずは絶対においしいということ、そして、スーパーで買える身近な食材を使うということにこだわって発信しているそう。
家族も、家族の大切な人も大事にする
▲朝ごはんの後にコーヒーをいれるのは史治さんの担当。「コーヒーにもこだわりの強い中嶋さん。道具選びや豆選びにも抜かりがありません」と笑う悠紀子さん。
悠紀子:
「あと、心がけているのは、我が家にお客さんが来たら、ふたりで大歓迎するってことかな」
史治:
「うちはすごく来客が多いので」
悠紀子:
「旦那さんが、家に人が来るのを嫌がるって話を時々聞いたりしますが、中嶋さんはそういうことはまったくなくて、私の友達が来ても一緒に楽しんでくれる。逆に、彼が私の知らない人を招待することも多いですけど、彼が大事に思っている人だったら、私も大事にしたいから歓待するんです」
史治:
「そこは本当にありがたいですよね」
悠紀子さんの作るごちそうでおもてなしをして、お客さんをお見送りした後ににかたづけるのは、史治さんの役目。
史治:
「みんなが帰ったら、だいたいこの人は寝落ちしているから(笑)。あと、おいしいごはんを作ってくれたから、あなたはもうこれ以上はやらなくていいですよっていう意識があるからかな」
悠紀子:
「朝になるとすっかりきれいになっていて。『すごくない? これ、全部私がやったの?』って私がとぼけて、彼が『僕がやりました』というやりとりを毎回しています。我が家ではもうネタみたいになっているんですけど(笑)」
史治:
「朝、一番にリビングに行くのは彼女なので、ぐちゃぐちゃの状態を見せるのは申し訳なくて。普段のごはんでも、作ってもらったら洗い物は僕がやるようにしてます。これは当たり前のことかもしれないですけど」
悠紀子:
「そうだね。でも、当たり前だと思ってくれているのは、うれしい」
家族の大切な人が、自分にとっても大切な人になる。それは、親戚づきあいについても同じこと。
史治:
「家族として過ごす時間が長くなってくると、お互いの親や親族との関わりも増えていくんですよね。たとえば悠紀子さんとお義父さんって、会うとケンカしちゃったりするんですけど……」
悠紀子:
「そうかもしれない(笑)」
史治:
「それでお義父さんはいつも僕にLINEをくれるんです。そんなふうに彼女を取り巻く人たちとも仲良くなれるのはうれしい」
悠紀子:
「たしかに法事とかで中嶋さんの親族にお会いすると、私たちは家族なんだな、って実感しますね」
史治:
「僕らは事実婚というかたちをとっていて名字は違いますが、誰よりもお互いが家族だと思っていることは間違いないです」
ひとりの楽しみが、ふたりの楽しみに
▲季節関係なく、コンスタントにキャンプに行っているふたり。「キャンプは冬もいいんです。暑くないし、人もそれほどいないし」と史治さん。最近では、キャンプをテーマにした仕事の依頼がふたりに来ることも。
そんなふうに絆を深め合うふたりのライフワークとなっているのが、キャンプ。
史治さんのInstagramでは、大自然の中で悠紀子さんがくつろぐ姿や、かわいくて居心地のよさそうなアウトドアインテリア、悠紀子さんのお手製キャンプごはんなどが見られます。
悠紀子:
「彼はもともとアウトドア系のことが大好き。キャンプにもすごく誘われたんですけど、私はインドア派だから興味ないよって断り続けてきたんです。それでも、彼はいろいろな道具を揃えてしまって、これで快適にキャンプできるから!ってプレゼンされました」
史治:
「最初のキャンプがキツくてトラウマになったらまずいので、とにかく完璧に準備しようと思って」
悠紀子:
「実際に行ってみたら思いのほか快適で、何より楽しかったんです。それで、しょっちゅうキャンプに行くようになりました(笑)」
史治さんのプレゼンは見事に成功! 悠紀子さんセレクトのかわいい雑貨や、とびっきりの料理が加わって、キャンプライフはどんどん豊かなものになっていきました。
史治:
「テントなんかは僕が揃えましたけど、雑貨とかは悠紀子さんがけっこう買っていますね」
悠紀子:
「やっているうちに沼にハマって、気がつけばキャンプに使えそうなものをちょこちょこ買っちゃう(笑)。でも、特にキャンプ専用というわけでもなく、おうちのインテリアの延長のような感じで、好きなアンティークのものを使ったりしています。中嶋さんとは雑貨の好みも似ているから、お互いに好きなものを持ち寄ってもくつろげる感じになりますね」
史治:
「でも、たまに僕が何か買うと『これはすぐにフリマアプリで売っといで』って言われちゃうこともありますけどね」
悠紀子:
「ちょっとうちの雰囲気じゃないな〜ってときはズバッと言いますね(笑)」
さらにキャンプでの楽しみが、同じ趣味を持つ仲間たちとの交流だそう。
史治:
「キャンプに来るご家族って、めちゃくちゃあったかい人たちが多いんです」
悠紀子:
「家族ぐるみのおつきあいをさせてもらっているおうちもありますね」
史治:
「その家の子どもたちの成長を見守ったりもしていて、もう親戚みたいな感覚なんです。やさしさとか、彼らから学ぶこともいっぱいあって。キャンプは自分の成長の糧にもなってきたな、と思いますね」
悠紀子:
「紳士的で家族を大事にする人が多いよね」
史治:
「そう、キャンプで一番いい時間は、家族と過ごす時間だから。僕も仲間と交流するのは好きだけど、家族と一緒に楽しんだり、ゆっくり休んだりするというのを一番優先していますね」
ふたりで一緒に見たい、新しい景色
生活も仕事も、そして趣味までも重なるようになり、ほとんどの時間をともに過ごす悠紀子さんと史治さん。史治さんにはさらなる野心もあるようで……。
史治:
「僕はもともと旅が大好きだったので、今度は悠紀子さんといろいろな国に行ってみたいんですよね。彼女とは人としての価値観が近いので、旅先でその土地の文化に触れて、毎晩飲みながら話したら楽しいだろうなって」
悠紀子:
「え〜、仕事はどうするの?まあ、それまでがんばって稼いでください(笑)」
史治:
「もうちょっとで娘も手を離れるし。キャンプにももちろん行くけど、生活がマンネリにならないようにしたいよね」
悠紀子:
「この人は何かこれだ!っていうものを見つけたら、すぐに行動するだろうから、そのときはまたびっくりしそうですけど、それはそれで一緒に楽しめたらいいですね」
史治:
「ふたりでまた新しいことを見つけたいって思っています」
悠紀子:
「実際、彼のそういう行動力に引っ張られて、道が開けたことがたくさんあるんですよね。前の旦那さんが若くして亡くなったこともあって、私はとにかく後悔しないように、楽しんで生きていきたいと思っているんです。今、毎日が楽しくて、本当に幸せです」
史治さんはこう語ります。「悠紀子さんは人への思いをきちんとかたちにしてくれる。そういうところが大好きですね」
実際、悠紀子さんが娘さんに作り続けたお弁当や、史治さんにふるまうキャンプごはんからは、家族においしく、楽しく食べてほしいという深い思いやりが伝わってきます。
何を作るか考えて、食材を揃えて、下ごしらえして、調理する。
そのひとつひとつの行為が、やさしさであり、愛であると思うのです。
そしてそれを受け取って、悠紀子さんへの感謝や尊敬の気持ちをまっすぐに伝える史治さんもまた、「思いをかたちにする」人なのだと感じます。
私たちは、結婚や出産を機に、自動的に「家族」ができるかのように錯覚しがちです。
でも本当は、相手を大切にする行動や、尊重する態度を日々つむぎながら、家族という織物を作り上げていくのかもしれません。
家族のかたちも、幸せのかたちもさまざま。
正解はもちろん、近道だってないけれど、大切な人への思いを自分なりの方法で伝えていこう。
悠紀子さんと史治さんのお話から、そんなことを思ったのでした。
さて、みなさんはふたりから、どんなメッセージを受け取りましたか?
Text:野田りえ
Photo:舛田悠紀子、中嶋史治
Edit:NEXTWEEKEND