パートナーとして生きるふたりの夫婦観を、3つのルールをもとに深堀りする連載「ふたりのこと」。
今回登場するのは、ヨガインストラクター・ヨガライフアドバイザーとして活躍する渋木さやかさんと、人気フェス「GREENROOM FESTIVAL」やギャラリーの運営などに携わる、GREENROOM代表の釜萢直起さん。
鎌倉で、5歳になる息子、通称 “ドングリ”くんと海辺の暮らしを楽しむおふたり。
さやかさんのInstagramでは、ヨガにまつわるお話とともにご家族のエピソードなどが綴られており、ときには直起さんとのケンカ話も……
でも、そこに添えられた満面の笑顔の家族写真を見ていると、ケンカだってコミュニケーションの一部のように思えてくるから、不思議です。
絶妙のバランスで、波を乗りこなしながらご夫婦のかたちを築いているおふたりに、その秘訣をお聞きしました。
自分と向き合ってたぐり寄せた運命のパートナー
▲鎌倉の小さなオステリア、Rich Life(リッチライフ)
おふたりが出会ったのは、あるブランドのカタログ撮影。
さやかさんはモデル、直起さんはクリエイティブディレクターとして参加していましたが、そのときはお互いに意識することなく終わったそう。
ところが……。
さやか:
「その頃、長年お付き合いしていた人と別れ、やみくもに飲み会に参加していたんですけど、全然うまくいかなくて。自分が好きなタイプをとことん言語化してみることにしたんです」
そのときにさやかさんが書き出したのは、「海が好きな人」「ライフスタイルを含めてセンスがある人」「アパレルにも興味がある人」「明確にやりたいことがあってそれを仕事で実現している人」…etc.
さやか:
「そんなふうにイメージができたところで、これまでに出会った人をたどっていったら、『あれ!いた!』って、急にこの人の顔が浮かんだんです。もし違っていても、この人のまわりなら魅力的な人がいるはずって(笑)」
とはいえ、さやかさんも正直に言うのは気が引けて、「友達が飲み会したいと言っている」という口実で電話したのだそう(かわいい…!)。
さやか:
「正直、私のことを覚えているか微妙なところだろうな〜と思ったんですが、女の子から連絡が来たら『覚えてるよ!』って言っちゃうタイプだとふんで」
直起:
「もちろん覚えてはいたよ。そのときは、撮影で一緒になったモデルの女の子っていうくらいの認識ではあったけど」
ライフスタイルが一変した鎌倉への移住
▲鎌倉の自宅から海までは約10m。窓を覗いていい波が来ていたらすぐサーフィンへ!中学生の頃からサーフィンにハマり続けている直起さんにとっては、念願の暮らし。
さやかさんの直感は的中!
その飲み会をきっかけに親しくなったふたりは、2015年に結婚し、翌年にドングリくんが誕生。
そのすぐ後に、東京の真ん中に暮らしていたふたりは鎌倉へ移住します。
さやか:
「ある日突然、『鎌倉にいい土地があったから引っ越すわ』って言われて、『え〜!?』って。私は土地を買うなら、夫婦で希望を言い合って見に行って……というのをイメージしていたんですけどね(笑)」
直起:
「裸足で海に行けるくらいの物件がちょうど見つかったんですよね」
さやか:
「潮風でポストは朽ち果てるし、湿気が強いから靴箱が大変なことになっているけどね。私は実家が群馬で東京暮らしも長かったから、最初の1年はびっくりすることばかりでした。でも、そういうことも相殺されるくらいの豊かさが、ここでの暮らしにはありますね」
▲週末は大好きなドーナッツとコーヒーを買って、家族で海辺へ。
直起:
「以前は会社の一番近いところに住むというのがポリシーで、とにかく仕事をがんばろうというマインドだったんですけど、東京の会社と鎌倉の住まいに分かれたことでオンとオフの区別がつきやすくなりましたね」
さやか:
「鎌倉は時間の流れが違っているんですよね。うちが仲良くしているご家族は、お父さんが焚き火にハマっていて、夜な夜な海で焚き火していたり」
直起:
「夕陽がきれいな日は近所の人が海に集まってきたりね」
さやか:
「ね、そういう素敵な人が多いな、と思います。最初は知り合いもいなくてさみしかったけれど、そうやって徐々に友達もできていって。ここに引っ越してよかったと思います。彼の選択は、はじめは苦労することもあるんですけど、長い目で見るとよかったということが多いんですよね」
鎌倉での暮らしにより、直起さんの生活リズムも大きく変わりました。
直起:
「出社時間が遅めなので、朝、ドングリを幼稚園に送って、波がいい日はサーフィンをしてから会社に行ったりしてますね」
さやか:
「彼は朝はすごく協力的で、ドングリを着替えさせたり、ごはんを食べさせてくれたりするんですよね。私はお弁当づくりでバタバタしているので、すごく助かってます」
直起:
「それ以外の家事はあまり得意じゃないので……」
さやか:
「ちょっとずるいよね? 私だって家事は苦手だよ?」
直起:
「さやかにいろいろやってもらっています(笑)」
さやか:
「いい人ぶってる〜(笑)。でも、彼は得意なサーフィンやSUPをドングリに教えてくれたりもして。それは、私はできないから役割分担ができているのかな。週末も海でたくさん遊んでくれます」
ホームとファミリーが心の基盤に
▲サングラスで隠れていますが、直起さんとドングリくんはそっくり!「同じ顔のふたりが遊んでいるのを、かわいいな〜って眺めています」とさやかさん。
「うちはとくにルールは決めていないかな」と言っていたさやかさん。
ルールにすると逆に縛られている感が強くなるから、と。
それでもしいてあげるなら……?
さやか:
「飲んでも外に泊まらない、とかかな?」
意外なルールに取材チームはざわざわ。
その真意は?
さやか:
「鎌倉は都心から遠いので、飲んで遅くなったときは危ないからどこかに泊まってもいいのに、と思うんです。でも、彼は夜中の1時でも3時でも、這いつくばってでも帰ってくるんですよね」
直起:
「家庭を優先する上では多少の苦労とか我慢はあって当たり前だし、そこはポジティブにとらえていますね」
さやか:
「そうなると、私まで遅くなったときは必死で『帰らなきゃ!』と思うようになって。別に絶対に帰ってこいって言われたわけでもないんですけど」
この「おうちが一番」、という姿勢は家族についても言えること。
直起:
「僕がルールを挙げるなら『家族第一主義、ファミリーファースト実践』。シンプルに家族を大事にして守り立てていく、ということですね。マフィア映画なんか見ていてもそうじゃん」
さやか:
「そんなこと知らないよ(笑)。でもたしかに欧米っぽい感じがあって、出張や仕事のパーティにも家族を連れて行ってくれることが多いですね。逆に私が出演するヨガのイベントにも、時間が合えばドングリを連れて来てくれたり」
表現は違うけれど、家族でいることや、この家での暮らしが現在のふたりの軸になっている、という気持ちは同じようです。
結婚してよかったことについて、それぞれこう語ります。
直起:
「昔は仕事ばっかりしていたけど、今は日常の暮らしがそのまんまいいな、って思えるんです。もし結婚していなかったら、このいつもの生活もなかったんだなって……」
さやか:
「私はすごいさみしがりやで、『みんな誰かと遊びに行っているんだろうな』なんて勝手に落ち込むことが多かったんですけど、そういうのがなくなりましたね。もちろん今でもさみしいと思うことはあるけど、この家があって、家族がいることで、気持ちがだいぶ安定してきたのかな」
▲「宿題をやらなくてイライラ……なんてこともあるけれど、ふとした瞬間にドングリの存在自体が幸せなんだなと思い出します」とさやかさん。
世界のどこにいても同じ気分を共有できる
▲Rich Lifeでごはんを食べるのが、一家の週末のお楽しみ。
直起さんとさやかさんの共通の趣味は、旅。
かつてはふたりで、今はドングリくんと3人で、日本や世界の各地をめぐっています。
さやか:
「あ、もうひとつルールを思い出した!『旅の荷物はスーツケース1個しばり』。とにかく彼の提案する旅行は移動が多いから、動きやすいように家族の荷物をスーツケース1個におさめなくちゃいけないんです」
直起:
「スーツケースが2個も3個もあると重たいし、さらに子どももいるから大変になってしまうんですよね。心地よく旅するには移動を楽しくしないといけないので、荷物を減らすしか方法がなくて」
さやか:
「私は1か所でゆっくり過ごしたいタイプだったから、最初はついていくのでてんてこまいでしたけど、もう慣れましたね。知らない世界が見られるから、刺激はあります」
直起:
「あと、さやかと旅していていいなと思うのは、僕がサーフィンしている間でも、『なんであなただけ楽しんでいるの?』っていうのがないんですよね。たとえばオーストラリアのバイロンベイでも、メキシコのサユリタでも、サーフポイントがあるところって、だいたいヨガスタジオがある。ふたりで違うことをしていても、その土地を同じように楽しんでいる感じがする」
さやか:
「ドングリも一緒に旅するようになってからは、片方が楽しんでいる間にもうひとりが面倒を見るから『どうする!?』なんて攻防もあるけど(笑)、それでもお互いにいい時間を共有できていると思いますね」
直起:
「だからルールっていうなら『釜萢家good vibes宣言』じゃない?いい感じを共有できているっていうことで」
さやか:
「なんのこっちゃ……」
▲直起さんからもう一言。「外に対しても中に対しても、さやかはこういうふうにオープンで明るい性格なので、家族でgood vibesでいられるのかな、って思います」
価値観をすり合わせるよりも、愛情と感謝を伝える
▲ドングリくんが切り取った、自然体のふたりのワンシーン。
まるで夫婦漫才のように軽妙なやりとりを続けるおふたりですが、ときには衝突もあり、激しめなケンカに発展することもあるそう。
さやか:
「彼は穏やかそうに見えて、実は内なる炎を持っているんですよね。きっかけは本当にささいなことなんですけど、お互いにあやまらないからどんどん大ゲンカになって。私がドングリを連れて家出することもあるんです」
直起:
「僕としては正論しか言ってないんですけどね」
さやか:
「私にとっては共感が癒やしになることが多いんです。例えば『おいしいね』って言って『そうだね』って返ってきたらうれしい。でも彼はそう思わなければ『そうかな?』と言ったりするんです。そこで私の機嫌がよければ軽く返せるんですけど、コンディションが悪いときは自分を否定されている気分になってしまう。ただ彼は、自分の意見を言っているだけなんですけど」
価値観やコミュニケーションの小さなズレから生まれる大きな衝突。
さやかさんが立ち直るきっかけをくれたのは、ヨガでした。
ポーズのイメージが強いヨガですが、その哲学には心や人間関係もすこやかになる知恵がいっぱい。
さやかさんは時折Instagramで、「#ヨガメモbysaya」というハッシュタグをつけ、恋愛や結婚、人生のヒントを発信しています。
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▲さやかさんの本音がオープンに語られる#ヨガメモbysayaは、共感度満点!「わかる、わかる」とうなずきながら読んでいるうちに、心がふっと楽になってきます。
さやか:
「ヨガのおかげで感情に飲み込まれなくなったと思いますね。心とか感情って揺れ動くものだから、つらい感情も一時のものだと認識できるようになったんです。だからケンカでキーっとなりつつも、その一方で、共感の言葉がほしかったのに、それがもらえないことで怒りになっているんだな、とか考えられるようになりました」
直起:
「まあ、正論ばかり言って夫婦仲がよくなるわけでもないので、さやかに合わせていかないといけないな、と思ったりもします」
さやか:
「そう言われるとまたイラッとしちゃう。『合わせないといけないって何?』って(笑)。男女の違いもあるから理解し得ない部分もあるし、もやもやが残ることもありますけど、私たちは話し合うよりも、愛情でカバーしている感じがします」
直起:
「うん、そうだね。議論で結論を出さないほうがうまくいく気がします」
さやか:
「私たちは価値観も考え方も違うから、結局、中間地点を見いだせないことも多くて。だからケンカもしてしまうんですけど、最後は『好きだよ、いつもありがとう』で終わるんです」
自分がご機嫌になれる場所を持ち続ける
▲自宅でヨガ中のさやかさん。鮮やかなフラワープリントが目を引くヨガパンツは、さやかさんとURBAN RESEARCHのコラボアイテム。
数々のケンカを経て生まれたふたりの仲直りの秘訣は、いったん距離を置いて、自分を整えること。
さやか:
「家出するときはカッカしていても、その間に気分転換して友達に会ったり、ヨガをしたり、いろいろな方法で自分をご機嫌にしてから戻るんです。そうすればやさしくできるし、歩み寄ることもできる。それは彼も同じで、サーフィンに行くとたいてい機嫌がよくならない?」
直起:
「サーフィンすると頭がすっきりするし、もめていたのもアホらしくなるからケンカも終わりますね」
さやか:
「彼といるうちに、問題自体は解決していなくても、自分のコンディションによって受け止め方が180度変わってくるな、ということに気づいてきましたね」
直起さんにとってサーフィン、さやかさんにとってヨガ。
それぞれの大好きなことは、自分の心やふたりの関係をリセットする場にもなっているようです。
さやか:
「ヨガは趣味だけでなく仕事でもあって。妻や母以外の場所があるってことが助けになっているのかも。人から必要とされると自分の存在価値を確かめられるし、すごく元気が出る。私にとってヨガはライフワークなんだと思います」
直起:
「(うなずきながら)いいこと言うな〜」
▲「子どもが大きくなって、今後ふたりになっていくことがあったら、またそこで楽しくやっていける夫婦になりたいよね」と直起さん。
言葉は少ないけれど、さやかさんへの信頼が垣間見える直起さんと、ときにツッコミながらも細やかにフォローするさやかさん。
見事なコンビネーションのふたりの間にあるのは、愛情、そしてリスペクトの精神なのだと感じます。
誰しもケンカは避けたいもの。
でも、そこで無理に言葉を押し込めるのではなく、衝突があっても元に戻れる、しなやかで強い関係性をつくるのもまた、ひとつの方法なのかもしれません。
おまけに……
「お互いの好きなところ」についてのやりとりもチャーミングだったので、こっそり公開します。
さやか:
「私は自分や子育てのことでけっこう落ち込むこともあって。そうすると彼はポジティブな言葉を返してくれるんですよね。そういうときは価値観や思考の違いに助けられているな、と思います。あと、やっぱり人生を生き抜く賢さがある。何があってもこの人なら大丈夫だろうって思えます」
直起:
「さやかの明るくて、おもしろい、太陽みたいなところが好きですね。家をぱーっと明るくしてくれるし、自分の人生も明るくなったなと思います」
さやか:
「まだある、まだある」
直起:
「でも、それが一番なんじゃないかな。うん、いいこと言ったなあ(笑)」
さやか:
「自分の手柄みたいに言ってる〜(笑)」
Text:野田りえ
Photo:さやかさん、直起さん、ドングリくん
Edit:NEXTWEEKEND