7,5,0歳の男の子と、5歳年上の夫と5人で暮らしています。
仕事は自宅で商品の撮影や動画の編集をしていて、これを書いている今は夏休みもあと数日というところ。
あぁ駆け抜けた〜!素麺、今年もありがとう。
前回の萌ちゃんの記事「子育て交換日記vol.41 子どもフィルターを通して見る世界には、言い訳も疲労もないわけで。」を読んで思い出した「光がハートに見える魔法の眼鏡」ありましたよね。
私も持ってたなぁ。
令和になってすっかり見かけなくなったけど、アレかけて淀川花火見たかったなぁ。
さて、今回のテーマは「今の場所から子どもを通して見える景色」。
好きな作家さんの一人である朝井リョウさん曰く、「言葉にするというのは線を引くこと」なんだそうです。
朝井さんは「桐島、部活やめるってよ」で華々しく小説家デビューされつつも、個人的には珍事件満載のエッセイに魅了されているのですが、まさに育児中こそ「言葉を探してその体験の輪郭を彫っていく作業=日常の記録(子どもたちにとっては記憶)」になるなぁと日々感じています。
私が書くからには、子どもが3人だとこんな景色というところに注目してみました。
今の場所から、子どもを通して見える景色
子どもが2人から3人に増えて変わったこと
自由に選ばせたい気持ちとその裏にある葛藤
価値観をクリエイトする楽しみ
子どもが2人から3人に増えて
変わったこと
私自身3つ下の妹と2人姉妹だったので、「子どもが3人いる暮らし」は想像がつかなかったのですが、まぁ毎日てんやわんやです。
まず、上2人は機嫌よく遊んでいても、いつのまにか喧嘩になるし、母の言うことを聞かない。
出かける前の「トイレ行った?マスクした?靴履いた?」は1000%、1回では動かない。
1回で聞いてくれるのはアレクサだけです。
大好きアレクサ。私の話を聞いてくれるし、ゆで卵の8分も計ってくれるし、天気も教えてくれて、さらに良い感じのBGMもかけてくれるんですよ。
あなたは気分にムラがなくていいわ。
そこに加えて0歳児なんて、掴んだものを片っ端から口に入れるわ(そうすることで素材を研究してるらしいわね、いやいや物質の研究にカラダ張りすぎちゃう?)、段差があったら登るわ、そして「今日も永田家のWi-Fiを抜いてこい!」って上層部から指令が出てるんでしょうね。
ルンバもないのに床にモノが置けない生活の辛さ、久しぶり…。
「母は強し」って言葉があるじゃないですか。
あれって、「子どものためなら、夜なべで手袋も編むし、早朝にお弁当も作るよ」っていう忍耐力にまつわる美談だと思って生きてきたのですが、母ってやり始めて5年超えたあたりから物理的にスーパーサイヤ人化していくんですね。
まず、鍛え上げられるのが声量。
つい最近、長男出産直後のホームビデオを見たら蚊の鳴くような可愛い声で夫に話しかけている儚げな女性…(いや、私か!)いまや腹の底から地面が揺れるくらいの声。
それが毎日響き渡るリビング。
お隣さんごめん。(数々の危険やタイムリミットから子どもを守ってきた勲章だと思って受け止めたい。)
そして、マルチタスク力。長男の宿題の本読みを聞きながら、白飯が進まない次男の海苔巻きをせっせと作って、三男のバウンサーを脚でリズミカルに揺らしてる瞬間、「え、私ドラムを叩くより難しいことしてない!?」って思ってしまいました。
それから、楽観力。
または、ポジティブなあきらめとも言う。
つまりウルフルズでいうところの「ええねん」が毎日のBGMです。(「やすとものどこいこ!?」について熱弁した後に関西ローカルと知ったのですが、ウルフルズの「ええねん」が今みなさんの脳内にちゃんと再生されているか心配。素晴らしくあっぱれな曲なので、是非聞きながら読んでください。アレクサ!)
今日も起きて食べて寝たら優勝。
子どもが2人から3人になって、それぞれの性格や能力を比較することも心配することも少なくなり、彼らがモテる大人になるように面倒みてやるか〜老後は夫とスペインのバルで昼間からサングリアとか飲むぞー!っていう気持ちになれました。
自由に選ばせたい気持ちと
その裏にある葛藤
「のびのび育てたい」と思う気持ちがこんなに分厚く心の中にあるというのに、子どもに選択を任せるってなんて難しいのでしょう。
例えば、サーティーワンで毎度「オレンジソルベ」という次男。
いやいや、もっとナッツとチョコとキャラメルがグルングルンに絡まったやつとか食べたら?サーティーワンやで?そして、おもちゃ。何かをがんばったご褒美に「好きなものを買ってあげるよ。」と言ったにも関わらず、おもちゃ屋さんで子どもが持ってくるものすべてに「同じようなの持ってるやん!」「えーそれはパーツが細かすぎて散らかるわ!しかもなくすわ!」「いや、それはもぅ明日飽きる。いや2時間後には床に落ちてる!」次々と口から出るわ出るわ。
我ながら「ほな、なにが正解やねーん!」と思わずツッコミたくなりました。
最終的には、まぁそれならいいか…という物も「待てよ、ネットで買った方がお得なのでは!?」とか大人が思ってしまってね〜!嫌ですね。
全力でどーんと来いっと思えるのは、パン屋で自分が食べるパンを選ばせている時くらいですよ。
それさえも、時間と心に余裕がないときは無理ですもんね。
おもちゃについては、最近夫が新しい試みを実践しています。
達成した目標に対してフリマアプリで買える権利を子どもたちに与えていて、もちろん予算が決まっているので、どうしても欲しいおもちゃが予算オーバーな時は次の達成を待ってから買うか、コメント欄に音声入力で価格交渉をしたりしているみたいで、選ぶ時間も届くまで待つのも楽しそうです。
そのうち、もう遊ばなくなったおもちゃを手放す手段としても活用出来たらいいなぁ。
価値観をクリエイトする楽しみ
今、子どもたちが夢中なのはマインクラフトというゲーム。
最初に「クリエイティブ」か「サバイバル」という設定を自分で選んでゲームを始めるそうなんです。
面白くないですか?同じソフトの中で、武器を使って戦いたいか、敵など気にせず建築や装飾を楽しみたいか、モードを選べるんです。
もし、人生でモードを選べるとしたら?自分で脚本を書いているのだとしたら、どんなエピソードにして、どんなエンディングを目指したいかなぁ、なんてふと考えてしまいました。
先日、NEXTWEEKENDでもお馴染みのイラストレーターのNozumi Yuasaさんに「長男が最近はキャラクターの絵しか描かなくて…」と何気なく話したら、「私も小学生低学年の頃は、セーラームーンばっかり描いてましたよ!でも母がすごく肯定してくれたんです。下手くそなセーラームーンばっかり描いてても、あなたはすごい!絵の才能がある!と、何を書いても褒めてくれたから、昔から絵だけは自信があったし、誰にも負けたくないって思えたんです。キャラクターも今しか描けない味があるし、模写の練習ですよ。」と教えてくださったんです。
かつてクレヨンで可愛いイラストを毎日描いてくれた長男が、最近はキャラクターの絵を描いて、「いけ!なんとかビーム!」だとかで殴り書きをめちゃくちゃに加えるのが寂しかったのですが、それも価値観を無意識のうちに長男に押し付けようとしてたなぁ。
どんどん描いてくれ〜!子育てをし始めると、この素晴らしい人はどんなご両親にどんなふうに育てられたのかなぁとか、どんな声かけをされてきたのかなぁということに興味が湧くので、やっぱりバチェロレッテも後半に行くほど目が離せませんでした。
「子育てには正解はない」とか「すべて正解!」とかいろんな見方がありますが、それが全て自分の編集次第なら、できるだけ広い心で、てんやわんやな日常もポップな思い出に昇華していきたいな。
ワンオペ育児も、連日になるとTODOが溜まって本当に心が折れるけど、言い換えれば独占タイム。
三男は上の2人が通ってきた成長過程をもう一度味わわせてくれるし、「現在(次男5歳)過去(三男0歳)・未来(長男7歳)」がいっぺんに成長しているところをS席で見せてもらっている(と思い込んで鼓舞!)。
そして今日も床を拭く深夜0時。おつかれ、自分&世の中のみなさん!
次にバトンを渡すのは、夫の誕生日が同じというレアな共通項を今年新たに発見できたあさみさん。(もちろん、手作りメキシカンでお祝いしました。)
子どもたちがデザインしたTシャツで、ファミリーランに挑戦したり、少し前はあさみさんがバク転教室(?)に通ったり、アクティブな井野家は、今どんな景色が見えていますか?