毎日の食卓やお弁当づくり、記念日のとっておき料理。
いつだって生活の中心にある「キッチン」は、その家族“らしさ”が見える場所です。
独自のスタイルがある方々の、キッチンにまつわる工夫やこだわりを拝見する連載「わが家のキッチン、暮らしのかたち」がスタート。
第二回目は、NEXTWEEKENDコラム「週末、夫婦でおうち食堂」を連載している、夫婦ユニット「てとてと」の井上さんご夫婦。
▲週末に夫婦でのんびりキッチンに立って作りたい、季節の一品を毎月お届けしているコラム。
仲睦まじいふたりが1日のほとんどを過ごすキッチンは、「てとてと食堂」という名のホームパーティや料理教室など、ゲストが集う場でもあります。
プロフェッショナルな厨房という趣ながら、たくさんの人の縁を繋いできたキッチン。
今回は、その魅力を探ってきました。
作る人と食べる人の境をなくしたい
料理担当のゴウキさん、デザイン担当のモモコさんのふたりが、築40年のヴィンテージマンションをリノベーションして、自宅兼アトリエを構えたのは二年半ほど前。
大きなカウンターキッチンの半分は調理場、半分はテーブルにして、多人数での料理教室にも使いやすい作りにしています。
ゴウキさん:
「もともと僕は和の建築が好きで、奥さんはカントリーな雰囲気が好きで。
そのテイストを前面に出さずとも、共通点でもある“木”を感じられるような空間にしました。
一番重要視したのは、“作っている人と食べている人が区切られない”ということ。
作っている間もゲストと話せたり、僕たちも作業しながら食卓につけるように。
レストランではなく、あくまでホームパーティの距離感を意識しました」。
そんなわけで、キッチンのすぐ隣にはダイニングテーブル。
取材中に席を立ち、鍋の中をさっと確認する。
その間も会話は途切れることがない様子に、距離感や動線の大事さを感じ取れます。
▲庭にハーブを摘みにいくモモコさんは、ホームパーティのしつらい担当。
センスが光る、器と料理の関係
▲お手製のローストビーフは、60℃で火入れした時間がなんと24時間。
じっくり低温で焼くことで驚くほどしっとり柔らか。
オカヒジキをたっぷり敷いて。
ここのキッチンで「てとてと食堂」がふるまう料理は、食通のゲストたちにも大評判。
大きく盛るプレゼンテーションに心躍る、ローストビーフも人気メニューのひとつ。
モモコさん:
「もともとふたりとも会社員だったんですが、ゴウキさんが驚くほど料理上手で、私は人をもてなすことが好きで。
ふたりの得意とすることを合わせて、週末ホームパーティをやろうと思いついたのが、“てとてと食堂”の始まり。
5〜8人くらいのゲストを招いて、1年で100回ほどやった年もありました」。
ふたりの日常の食事もゴウキさんが担当。
「てとてと食堂」で振る舞うメニュー候補を、実験的に試すことも多いそう。
「一緒に暮らすようになった当初、コロッケを食べるために市販のソースを買おうと思ったら、“どこのメーカーのソースが好き?”と聞かれ、私は答えられなくて。
“メーカーごとに味が違うんだよ”と言われ、その日の夕食はソースを何種類も買ってきて食べ比べタイムに!新鮮で衝撃でした。
今や、ゴウキさんの食への探究は日常になりましたけど(笑)」
と、笑いながら話すモモコさん。
普段の生活の些細なことにも“ワクワク”して、妥協しないふたりが作り出すものなら、きっと魅力的にちがいない。
そんな風にして「てとてと食堂」に周囲が引きつけられているのかもしれません。
こだわりは、料理に欠かせない器にも。
「土の器が好きですね。手仕事の温もりが良くて。
陶器市に行って探したり、作家さんのアトリエに出向くこともあります。
例えば、陶芸家・山田隆太郎さんの器は、形も表情も幅が広いのが魅力的で、あれを乗せたら…と料理のインスピレーションが湧くんです。
こんな料理に使っています、と作家さんに話すと喜ばれたりもして、そのやりとりも楽しいですよ」
とゴウキさん。
▲モモコさんお気に入りの大皿は、「一時期はまっていた雲海サラダ(サラダを燻製の煙でモクモクさせたもの)に使ったり、炒飯をドンとのせても絵になります」。
お気に入りの器たちは、壁面収納の一部をガラスにした棚に並べて、見えるようにしているそう。
見せない収納ですっきり統一するよりも、自然で温もりある佇まいを演出しています。
▲作家ものの陶器、木工皿などが並ぶ収納棚。
“見て楽しむ”ために作られたかのようにサイズもぴったり。
使いやすさを追求したキッチングッズ
キッチンにある調理用具は、実際に使って、良しあしを吟味された選抜選手ばかり。
中でも、ドイツの刃物の町でスタートした老舗ブランド「ツヴィリング」の包丁は、特に欠かせないものだそう。
▲包丁マニアというゴウキさん愛用の「ツヴィリング ボクレーマー」。
「最初はデザインに惹かれたのですが、絶妙な角度のハンドルで、男性でもまな板に手が当たりにくく、抜群に切れ味が良くて使いやすい。
用途に合わせて揃えました」
とゴウキさん。
その他にも、重くて扱いにくい印象を覆す鋳物鍋、伝統的な手編みの水切りかごなど、愛用しているアイテムに共通していえることは、機能性に富んでいてミニマルであること。
“なんとなく”で手に入れたものがないのは、何事にも真摯に向き合ってきたふたりを象徴しています。
▲「これも便利!」とモモコさんが見せてくれたのは、“世界一の軽さ”を追求した「ユニロイ」の鋳物ホーロー鍋。
汁物や煮魚などをさっと作るのに最適で、食卓にも置けるデザイン性もいい。
▲京都の老舗「辻和金網」にオーダーしたという、水切りかご。
美しい亀甲模様が編み出された職人技が光る逸品は、思わず見惚れる佇まい。
ほろこびが出たら修理して長く使えるのも長所。
作り手の思いも受け取る調味料選び
好奇心旺盛なふたりは、突発的に地方へと出かけることも多いそう。
「なんでも気になったら、生産者さんにすぐ会いに行ってしまうんです」
と話すモモコさん。
「例えば、このソース。
なんで原材料にカラメルが入ってないんだろう?って不思議に思ったら、すぐ製造者の元に向かっていました。
砂糖から丁寧に作る工程を見て、美味しさの理由に納得。
調味料でも野菜でも道具でも、知りたいことがあったら聞きに行っちゃう性分なんです(笑)」
▲ゴウキさんが惚れ込んだ「トリイソース」は、製造元の浜松にわざわざ行くほど。
創業140年余の老舗「ヤマモ味噌醤油醸造元」の醤油シリーズは、七代目の友人が手がけたもの。
物の作られた背景や、なぜ使い勝手がいいのかを知っているならば、もっと大事に使いたくなるし、豊かな生活になる…
モノに込められた真摯なストーリーは、使う人の心を満たし、使う側の物語へと紡がれていくのかもしれません。
▲「セドリック・カサノヴァ」のオリーブオイルとハーブ。
バジルとオレガノは、ドライブーケ状で購入したものを細かくして収納ケースに。
使う時にほぐすと、フレッシュな香りが弾ける。
▲普段あまり使わない調理器具などを置いているパントリー(食料庫)は、別部屋になっている。
ふたりの選択眼に適ったグロサリーも、竹かごの中に整理して統一感を演出。
ここから始まった“ワクワクすること”
住居でありながら、外に開かれたキッチン。
ここを訪れたゲストとの会話から、ワクワクするプロジェクトがいくつも生まれているのだそう。
▲300年続く三重の老舗和菓子屋の新商品「ItWokashi(いとをかし)」も、「てとてと食堂」で生まれた商品のひとつ。
意外な味を組み合わせた大福は、パッケージから新しさが伝わってくる。
▲りんご農家と協力して作った、その名も「ゴウキさんのりんごバター」。
モモコさんが描いた似顔絵イラストが素敵(味も絶品!)。
ゴウキさん:
「例えば、和菓子屋さんと話が盛り上がって、新商品の開発に携わったり。
いま製作中なのは、スタッキングできる線の細いウッドチェアが欲しくて、「SINRA FURNITURE」という家具作家さんと一緒に手がけている“ホームパーティのための椅子”。
そうそう、今流れているBGMもここにゲストで来た「Vegetable Record」さんにオリジナルで作ってもらったんですよ。
僕の料理を食べて、そこからイメージを膨らましてもらって。
春・夏・秋・冬、季節ごとに音楽を作ってもらっていてゲストに音楽で四季を感じてもらえたらいいなと思っています」。
訪れたゲストたちとテーブルを囲んで、“人と人とが繋がる食卓”を実践してきたふたり。
いろんな人を巻き込みながら巻き込まれながら、“ワクワクすること”は多岐に渡り、今なお進行中。
次は、何が生まれるのでしょう?
ふたりの好奇心の行き先が、今後も楽しみです。
▲取材スタッフを駅まで見送ってくれた。
お揃いの服がほほえましい。
text:Hitomi Takahashi